1月29日礼拝説教(詳細)

「今こそ勇気出せ」  ハガイ2章1〜9節

ダレイオス王の治世第二年、第七の月の二十一日に、主の言葉が預言者ハガイを通して臨んだ。

「ユダの総督シャルティエルの子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュア、および民の残りの者に告げよ。あなたがた、生き残った者のうち、かつて栄光に輝いていたこの神殿を見た者は誰か。今、あなたがたが見ているものは何なのか。目に映るのは無に等しいものではないか。ゼルバベルよ、今こそ強くあれ——主の仰せ。

大祭司ヨツァダクの子ヨシュアよ、強くあれ。この地のすべての民よ、強くあれ——主の仰せ。働け、私はあなたがたと共にいる——万軍の主の仰せ。あなたがたがエジプトを出たときに、私があなたがたと結んだ契約によって、私の霊はあなたがたの中にとどまっている。恐れてはならない。

万軍の主はこう言われる。間もなく、もう一度私は天と地、海と陸地を揺り動かす。諸国民をすべて揺り動かし諸国民のあらゆる財宝をもたらし、この神殿を栄光で満たす——万軍の主は言われる。銀は私のもの、金も私のもの——万軍の主の仰せ。この新しい神殿の栄光は以前のものにまさる——万軍の主は言われる。この場所に私は平和を与える——万軍の主の仰せ。」

ハレルヤ!それでは今日の聖書箇所ハガイ2章を読み、お祈りします。先週は日本列島がすっぽり寒気団に包まれ、記録的な大雪で大変でしたね。10年に一度の寒気になると報道されていましたが、いや50年に一度ですよと言われる方もおられました。大阪に育った方々には少しでも降り積もった雪には驚かれたことでしょう。滑ったり転んだりされなかったでしょうか。

雪と言えば、旧約聖書の原典で使用されたヘブライ語との関連でユニークな話しがあります。ヘブライ語を話すイスラエル人であれば、「数字の333が何を意味するか分かりますか」と尋ねれば必ず「それは雪のことです」と答えが返ってくるのです。それは、雪はヘブライ語でシェルグと発音され、その三文字のスペルの最初のシンが300、次のラメドが30、最後のギメルが3を表すからです。アルファベットに数字の意味をつけることをゲマトリアと言うのですが、ラテン語もギリシャ語も数字で表すことができるのです。

水蒸気が凍ると結晶して雪になるのですが、正六角形の結晶で、正三角形が6個集まった形状ですね。私たちは唯一の神様を三位一体で信じるのですが、雪の数字が333とは意味深長ではありませんか。

今日お読みした聖書箇所は、預言者ハガイによって語られた神様の言葉です。この預言のお言葉によって、神様がどのようなお方であるのか、はっきりと分かることが三つあるので是非お聞きください。

I. 励ます主なる神

第一に何と言っても分かってくるのは、神様が人を励ましてくださるお方であることです。

預言者ハガイによる主の呼びかけの相手が、2節によれば、総督ゼルバベルと大祭司ヨシュア、それに民の残りの者とあります。次の3節の彼らに対する主の問いかけを読むと、神様が彼らのその時点での心境をよくよくご存知であったことがわかるのではありませんか。

「あなたがた、生き残った者のうち、かつて栄光に輝いていたこの神殿を見た者は誰か。今、あなたがたが見ているものは何なのか。目に映るのは無に等しいものではないか。」この「かつて栄光に輝いていたこの神殿」という神殿は、バビロン帝国の軍勢によって70年以上も前に破壊されてしまった壮麗なソロモンの神殿のことです。彼らがどのような心境であったかは、少し時代を遡ることで、よく理解できるかもしれません。

先週の礼拝でお話しした民数記9章の出来事は、出エジプト直後の紀元前1500年ごろでしたから、ハガイが預言したのは、それからおよそ1000年後の紀元前500年ごろのことです。エジプトの奴隷から解放された民は40年の旅路を経て約束の地、パレスチナに定住しました。やがて王政が取り入れられ、サウル、ダビデ、ソロモンと国家が形成され、それなりの発展を見たのですが、ソロモン王の死後、悲しいかな二つに王国は分裂してしまいました。そして、一方の北イスラエル王国は紀元前720年にアッシリアに滅ぼされ、続いて南ユダ王国も紀元前587年にバビロン帝国に滅ぼされてしまったのです。エルサレムは焦土と化し、大神殿は跡形もなく破壊し尽くされ、宝物は奪い去られ、生き残った大半は1000キロ彼方のバビロンへ捕囚として連れ去られてしまったのです。

しかし、歴史が大きく動きました。後続のペルシャ帝国が台頭するや、バビロン帝国が打倒されてしまいます。そればかりではありません。初代クロス王が国策の一環に、バビロンで捕囚とされていたユダヤ人達に祖国帰還の勅令を発令し、神殿再建の許可まで与え、建築資金資材まで提供することが保証されたというのです。その時、志ある有志5万人が立ち上がり、総督のシャルティエルを先頭に帰国の途に付き、彼らは帰還するや否や、エルサレムの神殿の丘に神殿再建に着手したというのです。その事の顛末、詳細はエズラ記に記されていますから、折を見てお読みくださるとよろしいでしょう。その3章後半には、神殿の定礎式の有様が記録されており、彼らは喜び、かつ泣いたとその感動した様子を見ることができます。

ところが、その喜びの感動は長続きしません。神殿工事を進めようとする彼らの前に、残留組の民がトラブルを起こし、そればかりか、近隣のサマリヤ人達がしつこく陰湿な妨害を企ててくるのです。そうこうするうちに、ペルシャ国政に異変が生じ、クロス王の死亡、長子カンビュセスの即位と奸計による自殺、高官ガウマタによる政権奪取、するとクロス王の娘と結婚していたダレイオスがガウマタを殺害して権力の座につきます。ハガイによる預言は、このダレイオス王即位の二年目のことであったのです。

これによって、帰還した民の心境が、察して余りあるものがあるのではないでしょうか。それは深い深い失望落胆だったでしょう。3節の主の問いかけを見て下さい。「あなたがた、生き残った者のうち、かつて栄光に輝いていたこの神殿を見た者は誰か。今、あなたがたが見ているものは何なのか。目に映るのは無に等しいものではないか」これにより彼らの失望が、ソロモンの大神殿の記憶と再建しようとする規模の貧弱な神殿の比較にあったことがわかります。それに加えて、工事の熾烈な妨害、帝国の政治情勢の不安定さなどが重層的に重なり、彼らは意気消沈していたに違いないのです。バビロンに滅ぼされる前は、「神殿さえあれば、どんな敵に対してでも絶対大丈夫だ」という自負心が彼らにはあったでしょう。しかしながら、滅亡し、神殿が破壊され、再建しようにも妨害されるに及んでは、その偽らざる心境は「神殿どころではない」それが本音だったのではないでしょうか。

そのような失望落胆した人々に対してでした。主なる神様が、力強く、激励の言葉をかけられたのは。「ゼルバベルよ、今こそ強くあれ——主の仰せ。大祭司ヨツァダクの子ヨシュアよ、強くあれ。この地のすべての民よ、強くあれ——主の仰せ。働け」(4節)主は彼らに「強くあれ」と激励されたのです。勇気を出しなさい!しっかりしなさい!元気を出しなさい!と激励されたのです。使徒パウロは、コリント第二1章3〜4節に、神様が慰めの神であるとこう語っています。「私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈しみ深い父、慰めに満ちた神がほめたたえられますように。神は、どのような苦難のときにも、私たちを慰めてくださるので、私たちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」 この神様が慰めの神であることを教えるために神の御子イエス・キリストは、人となられたのです。マタイ11章28、29節でイエス様が「すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。私は柔和で心のへりくだった者だから、私の軛を負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に安らぎが得られる。」と招きの言葉を語られたのも、主なる神様が慰め励ましの神であることを教えるためでありました。詩篇94篇19節にも、昔の信仰詩人が歌うのを思い出します。「思い煩いが私の内を占める時も、あなたの慰めが私の魂に喜びを与える」 そうです。主なる神様は、私たちが思い乱れ、失望落胆し、意気消沈するような時に、「強くあれ、しっかりしなさい」と優しく、また力強く激励し、慰めてくださる方なのです。

II. 共なる主なる神

そればかりではありません。このハガイの預言から明らかなことは、主なる神様は、いつでも共におられる方だということです。4節〜5節をご覧ください。「この地のすべての民よ、強くあれ——主の仰せ。働け、私はあなたがたと共にいる——万軍の主の仰せ。あなたがたがエジプトを出たときに、私があなたがたと結んだ契約によって、私の霊はあなたがたの中にとどまっている。恐れてはならない。」神様は、「強くあれ、元気を出せ、勇気を出せ」と激励されるだけではありません。意気消沈する者の側に共にいてくださる、内にとどまってくださる、いや、別訳では「生きて働いて」くださる方だと言われるのです。「私はあなたがたと共にいる」この言葉は、聖書を一貫して貫くキーワードではありませんか。

取り分けイスラエルの民にとっては、その根拠が、神様が彼らと結ばれた契約にあることを力強く強調されます。「あなたがたがエジプトを出たときに、私があなたがたと結んだ契約によって、私の霊はあなたがたの中にとどまっている。恐れてはならない。」契約の観念は、地続き同士の民族の間で発達してきた歴史があります。国境を境に向き合う民族同士が互いに平和に穏便に生きようとするためには、誠実な契約を結ぶ以外に道はないからです。そうでなければ戦い血を流すばかりです。昨年勃発したウクライナ紛争でも契約関係の重要性が浮かび上がっています。ウクライナは、NATOの軍事同盟の契約関係に入っていないために、全面的支援を受けることができないのです。正式に契約関係に入っていたのであれば、一国が侵害されれば、全体に対する侵害と見なし、同盟諸国が一致して防衛に対処する、それが契約の基本になるからです。契約の確かさは、その当事者同士の真実性にかかっており、イスラエルと契約を結ばれた神様は、その本質が真実です。ですから神様が「私はあなたがたと共にいる」と約束されるのであれば、それは絶対的に確実な保証となるのです。

私たちの主イエス・キリストが人として生まれたのは、この神様が共におられることの保証のためであります。乙女マリアがみごもった時、許嫁のヨセフに啓示されたのは、イエスの名前がインマヌエルであることでした。その意味はヘブライ語では「神は私たちと共におられる」です。その主イエスご自身が約束して言われたのです。「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである。」マタイ18章20節ですね。更に、主イエスは復活されて弟子たちに語られた最後の言葉に「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」とも約束されて昇天なされました。(マタイ28章20節)

ところで、ハガイによる民に対する励ましの目的は何かと言えば、18年間中座して大幅に遅れている神殿工事の再開です。ハガイ書1章に記載されるその一ヶ月前の預言で、4節「この神殿が廃墟となっているのに、あなたがたが板張りの家に住む時であろうか。」と主は語っておられます。ユダヤ人たちがバビロン補修で70年近くも留守にしていた祖国に帰還したとき、彼らの日常生活事態を維持することが、どれほど大変であったか、私たちでもそれは容易に想像できることでしょう。着のみ着のままではなかったでしょうが、全くの出直しの生活です。それでも、神殿再建に意欲を燃やした献身的な人々でしたが、妨害され国際情勢が不安定になるや、彼らはそれこそ「神殿どころの騒ぎではない」、彼らは自分たちの生活のために走り回らざるを得なかったのです。そういう民に対して、主は命じられました。8節「山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。私はそれを喜び、栄光を現すー主は言われる」。神殿の再建工事を再開せよと!

私たちは聖書を通じて、神殿の歴史を俯瞰することができるでしょう。主なる神様は、エジプトから解放された民に幕屋を作ることを命じられました。先週は、その幕屋に上下する雲により民が荒野の旅路を導かれた話をしました。やがて、パレスチナに定着し王国が確立すると、ダビデ王が神殿建設の志を立てます。しかし、その志を実行したのは、その息子のソロモンでした。今、帰還した民が再建しようと試みたのは、バビロンにより破壊されたあの壮麗なソロモンの神殿でした。彼らによって再建された神殿は、第二神殿と呼ばれ、それは後のヘロデ大王により大々的に拡大改築されることになります。ヘロデ大王はその工事をBC19年ごろ開始し、その工事は彼の死後も延々と続けられ、その完成は紀元70年のエルサレム崩壊直前でした。その壮麗さは世界の七不思議と言われるほどそれは見事な出来栄えでした。

何故、神様は幕屋建造を命じ、また、神の民は神殿建設に固執したのでしょうか。それは、神殿が「神の家」とも呼ばれるように、神様の臨在の象徴であったからなのです。ハガイによって激励された神殿再建の意味は、そこにあります。神様は、その神殿により、ご自身が彼らと共におられることを確証されようとなされたのです。

しかし、私たちは聖書を通して、神殿の驚くべき顛末を見ることになります。その神殿が、紀元70年にローマの大軍により徹頭徹尾破壊され、地上から消失してしまったからなのです。更にもっと驚くべき事実は、地上から消失した神殿に変わり、全く新しい神殿が建てられているのであり、それが、何とキリストの教会であるという事実なのです。エペソ2章20〜22節にはこう記されます。「あなたがたは使徒や預言者から成る土台の上に建てられています。その隅の親石がキリスト・イエスご自身であり、キリストにあって、この建物全体は組み合わされて拡張し、主の聖なる神殿となります。キリストにあって、あなたがたも共に建てられ、霊における神の住まいとなるのです。」この「あなたがた」とはイエスを信じたクリスチャンたちの集会、即ち教会のことです。教会は今日の神の住まい、神殿なのです。8節で語られた「山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ」と言われた主の預言は、今日では、「福音を宣べ伝え、人々を救いに導き、教会の集会を活発にしなさい」と置き換えられるでしょう。「あなたがたが、それぞれ自分の家のために走り回っているからだ」民は神殿そっちのけで、自分の生活の切り盛りで汲々としていたのです。日常の生活を疎かにしていいという話しではありません。神様を第一にした生活を取り戻しなさい、と言うことなのです。主は言われました。「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな添えて与えられる。」(マタイ6章33節)人生の生き方の優先順序を履き違えてはならないのです。第一にすべきを第一にするときに、すべては整えられるのが真理なのです。そうして教会の集会がきちんと守られるときに、そこに共におられる神様、生きて働いておられる神様の恵に浴することができるに違いないのです。

III. 動かす主なる神

そればかりかではありません、その時、見えないものが見えるようになるのです。それは主なる神様が一切を動かし、支配しておられるお方であることを、私たちが透かし見ることができるようになることなのです。6節をご覧ください!「万軍の主はこう言われる。間もなく、もう一度、私は天と地、海と陸地を揺り動かす。」天地ばかりではありません。7節では「諸国民をすべて揺り動かす」とも言われるのです。「もう一度」とは、出エジプトのシナイ山の出来事だと言われます。神様が再び揺り動かすと言うのです。この預言がヘブル書12章に引用されているのを確認しておきましょう。「あのときは、その御声が地を揺り動かしましたが、今はこう約束しておられます。『もう一度、私は地だけではなく天をも揺り動かす。』この「もう一度」という言葉は、揺り動かされないものが存続するために、揺り動かされるものが、造られたものとして取り除かれることを示しています。このように、私たちは揺るがされない御国を受けているのですから、感謝しましょう。感謝しつつ、畏れ敬いながら、神に喜ばれるように仕えていきましょう。」ここに神様が揺り動かされる意味が明らかにされています。「揺り動かされないものが存続するために、揺り動かされるものが、造られたものとして取り除かれることを示しています。」神様は万物を、そして諸国民を揺り動かされる方です。それはそれによって「揺り動かされるものが、取り除かれること」です。丁度、ふるいに掛けられた麦が実とモミ殻が分けられるようなものです。今現在も、全世界が揺さぶられているのです。それは世界のすべての人々がふるいにかけられているという意味なのです。それによって、真理に目覚めた人々が信仰によって神様に立ち帰らされるためなのです。「諸国民のあらゆる財宝をもたらし」とは、改心した人々が遂には捧げ物を携えてくることです。それはピリピ2章10節で言われていることの実現です。「それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものすべてが膝をかがめ、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と告白して、父なる神が崇められるためです。」すでに中国から始まったコロナ感染の脅威は、世界の感染者総数69億人を突破し、死者数は674万人を数えていますね。昨年2月24日にロシアの侵略により勃発したウクライナ紛争は、遂に十一ヶ月を超え、こう着状態が続いています。これからも世界は神様によって揺り動かされることでしょう。しかし私たちは感謝しようではありませんか。何故なら「私たちは揺るがされない御国を受けているのですから」。そして9節の主の約束の故に主を賛美しましょう。「この新しい神殿の栄光は以前のものにまさる」 この新しい神殿とは第一義的にはゼルバベルの手がける神殿でしたが、預言的には、今日の私たちの教会を指しているからです。教会の栄光は、ソロモンの神殿よりも、ゼルバベルの神殿よりも、ヘロデの神殿よりも遥かに勝るのです。

主なる神様は、気落ちし落胆する者を優しく激励し、慰めてくださる方です。主なる神様は、いつでもどこでも共に居られ、生きて働いておられる方です。主なる神様は、この世界を御手に治め、支配される主権者であられるのです。国を興し、国を廃する方です。王を立て王を退ける方なのです。この偉大な主の主、王の王なる主イエス・キリストを讃えましょう。栄光を主なる神様に捧げましょう。

1月22日礼拝説教(詳細)

「雲が幕屋を覆う」  民数記9章15〜23節

幕屋を建てた日、証しの天幕である幕屋を雲が覆った。それは夕方になると幕屋を包む火のように見え、朝まで続いた。常にそのようにあって、雲は幕屋を覆い、夜は火のように見えた。

雲が天幕から離れて昇ると、それと共にイスラエルの人々は進み、雲が一つの場所にとどまると、イスラエルの人々はそこに宿営した。イスラエルの人々は主の命によって進み、主の命によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営し続けた。雲が何日もの間、幕屋の上にとどまり続けることがあっても、イスラエルの人々は主への務めを守り、進まなかった。

雲が幕屋の上に数日の間しかとどまらないこともあったが、彼らは主の命によって宿営し、主の命によって進んだ。雲が夕方から朝までとどまるときも、朝になって雲が昇れば、彼らは進んだ。昼であれ、夜であれ、雲が昇れば、彼らは進んだ。二日でも、一か月でも、何日でも、雲が幕屋の上にあって、その上にとどまり続けるかぎり、イスラエルの人々は宿営したまま、進まなかった。雲が昇れば、彼らは進んだ。

彼らは主の命によって宿営し、主の命によって進み、モーセを通して示された主の命によって主への務めを守った。

御名を賛美します。今日の聖書箇所をお読みし祈ります。昨年は癌の手術で休暇を取れなかったこともあり、先週、日曜午後から和歌山県の加太温泉で二泊三日の休暇を取らせていただきました。月曜の朝食の時でした。私たちを席に案内し説明されたのは若い女性スタッフで、マスクしていましたが、一見して外国人と分かり、出身地を問うと何とネパール人でした。すでに2年勤務しておられ、日本語も流暢に語れる女性です。今は神戸に移動されたベトナム人の女性のことが思い起こされました。このように外国から日本にはるばる働きに来ている若者たちが沢山いるのですね。慣れない異国の地で苦労もずいぶんあるのではないでしょうか。それにしても、ネパール人、ベトナム人、そして私たちは日本人、どの民族、人種にも、同じ人間でもそれなりに違った特徴があるものです。今日、私たちが注目しようとしているのは、民は民でも、神の民とされたイスラエルの民であり、今日の聖書箇所によれば、いくつかの特徴が浮かび上がってくることがわかるのです。

I. 旅をする民

イスラエルの民をイメージする第一の特徴は何と言っても「旅をする民」ではないかと私は思うのです。エジプトに430年も奴隷であったイスラエルが、モーセによって解放され、約束の地に入るのに40年間を要しました。それは旅と言っても険しい荒野での永い永い旅の生活でした。その長い旅路に先立ち、神がモーセに命じられたのは、神の臨在を象徴する天幕を造ることでした。出エジプト記25章9節には、こう記されています。「わたしのための聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう。」その天幕とは、48枚の木板で支えられる、山羊の毛で織られた 3色10枚の幕で覆われた大きなテントでした。この民数記9章15節で、その天幕が「証しの天幕」と呼ばれているのは、天幕の中に律法の基礎となる十戒の石板が納められたからです。この幕屋は、12部族の宿営地の中央に建てられ、完成するやこの幕屋を、直ちに厚い雲が覆いました。幕屋を覆った雲は、目には見ることのできない神の臨在の象徴ですね。聖書の記述によれば、昼間に幕屋を覆う雲が、夜になると火のように輝いていたと言われています。そして民は、この幕屋を覆う雲が昇ると進み、雲がとどまると宿営したというのです。

イスラエルの民の第一のイメージは、実はこの「進み」にあるのです。別訳によっては「移動した」「前進した」とありますが、新改訳では「旅立つ」と訳しており、この箇所だけでも9回に及びます。エジプトから解放されたイスラエルの民は、シナイ山で十戒を授かり、それから40年、荒野を旅立ち、宿営し、旅立ち、宿営を繰り返し、文字通り「旅をする民」であったのです。そして、エジプトの奴隷から解放されたその民の旅は、神の約束された地、パレスチナを仰ぎみつつ生きる生活でした。

それは、また、私たちの生き方そのものであります。主イエスを信じた者は、罪の奴隷から解放されたのです。解放されただけではなく、約束された永遠の天の都を仰ぎ見つつ生きる旅人なのです。

イスラエルの始祖であり、信仰の父と呼ばれたアブラハムの特徴が、ヘブル11章13節に、こう言われていますね。「これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。」これは口語訳によるのですが、この方が馴染みやすいですね。何を望み見て喜んでいたのでしょうか?10節はそれが「堅固な土台の上に建てられた都を待ち望んでいたからです」と説明しています。1995(平成 7)年 117 日午前 546 分のこと、阪神・淡路大震災が発生しました。今でも記憶に新しいでしょう。もう 27 年前のことなのです。6000人以上の死者が出た、それは悲惨な出来事でしたね。この地上には、理想的な都市などはあり得ないことを痛感させられます。どんなに文明が進み、住み心地が良い都市であったとしても、私たちの究極の住まいは違うのです。

ヨハネ14章の主の言葉を改めて想起しましょう。主はこう約束されたのです。「心を騒がせてはならない。神を信じ、また私を信じなさい。私の父の家には住まいがたくさんある。もしなければ、私はそう言っておいたであろう。あなたがたのために場所を用意しに行くのだ。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたを私のもとに迎える。こうして、私のいる所に、あなたがたもいることになる。」1〜3節です。私たちは、新しい年が早くも一ヶ月を過ぎようとしているところですが、改めて、天国を目指す地上の旅人であることを確認しておくことにしようではありませんか。

II. 導かれる民

この聖書箇所では、イスラエルの民のもう一つのイメージが更に鮮明にされていることが分かります。それは、「導かれる民」であったことです。旅をする民は神に導かれて旅する民でもありました。そのイメージを特徴づける同じ言葉が、18、20、23節に繰り返されているのに注目してください。「彼らは主の命によって進み、主の命によって宿営した」これです。イスラエルの民は、宿営の中央の天幕の上に雲が昇ると旅立ちました。また雲が天幕に留まると宿営することを、旅の原則としていたのです。しかも、雲が何日でも天幕にとどまれば、動かず宿営しました。22節「二日でも、一か月でも、何日でも、雲が幕屋の上にあって、その上にとどまり続けるかぎり、イスラエルの人々は宿営したまま、進まなかった。雲が昇れば、彼らは進んだ。」それは、イスラエルの民には、その旅路において、主によって導かれるということが、動かしがたい原則であったからなのです。神の恵と憐れみにより、エジプトの奴隷から、力強く解放された民は、その神様だけが、ゴールに、約束の地に導くことができる方であると、彼らは確信したのです。

神の民とされた教会、私たちもまたそうですね。キリストによって救ってくださった神に導かれてこそ初めて、約束の天国に至ることができるのです。それが私たちの原則でもあります。教会は、神様の御支配のもとに歩む群れなのです。神様の主権に服する民なのです。これは、互いに話し合って決めてはいけない、ということではありません。毎月、教会役員会では、話し合いをします。また、信徒会では、役員会報告があり、また、皆さんの意見や提案を受けるようにしております。2月12日には決算総会も予定され、私たちは額を寄せ合い、合意を形成していかねばなりません。しかし、その話し合いは、どこまでも、何をどうすることが主に忠実にお従いすることになるのか、ただそのことの為になされる話し合いであるということなのです。ただ自分たちの都合が良ければいいということでは決してありません。

さて、この民数記9章を見る限りでは、当時の民は忠実で素直な優等生のようであって、40年間神の導きに従い通したという印象を強く受けるのですが、ヘブル書3章7〜11節を調べてみると、意外や意外、決してそうではなかったことが分かるのです。「ですから、聖霊がこう言われるとおりです。『今日、あなたがたが神の声を聞くなら、荒れ野で試練を受けた頃 神に背いた時のように心をかたくなにしてはならない。荒れ野であなたがたの先祖は、私を試み、試し四十年の間私の業を見た。だから、私はその時代に対して、憤ってこう言った。『彼らはいつも心が迷っており私の道を知らなかった。』私は怒り、誓いを立てた。『彼らは決して私の安息に入ることはない。』」民数記9章の次の次11章を見れば、その一端が伺えますから、ここで確認しておきましょう。この章のタイトルは「民の不平」となっていますね。見てください。1節は「民は主の耳に届くほど激しい不平を漏らした」で始まっています。4節には、その具体的な不平が食べ物に関わることだったことが分かります。4節「民の一部の輩が飢えと渇きを覚え、イスラエルの人々も再び泣いて言った。『誰が私たちに肉を食べさせてくれるのだろうか。エジプトにいた頃、ただで食べていた魚が忘れられない。きゅうりもすいかも、葱も玉葱もにんにくも。今では、私たちの魂は干上がり、私たちの目に入るのは、このマナのほかは何もない。』」40年の間、食べ物と言えば、確かに天から降るマナだけでした。7〜9節に説明されていますね。もう彼らはそのマナに飽きてしまったのです、そしてエジプトの生活を懐かしんでいるのです。あれほど悲惨で辛い思いをさせられた奴隷生活の方がマシだと言うのです。民が不平を漏らし、激しく悲しみ泣き出すのを見た指導者のモーセに、それは非常に辛く思われ、11〜15節には、モーセの主に対する訴えが記録されています。「私にこのような仕打ちを続けるのなら、むしろ私を殺してください」とまで嘆願するほどであったのです。もう耐えられないとモーセは神様に苦渋を打ち明けたのです。

この荒野の試練については、使徒パウロもコリント第一10章で取り上げて警告していますから、9〜12節を読んでみることにしましょう。12節でこう勧告されています。「だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」これは、新しい年をスタートした私たちに対する警告でもあります。そして、警告と同時に、私たちに対する奨励の言葉が13節にあるのです。「あなたがたを襲った試練で、世の常でないものはありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。」素晴らしい約束です。今年も、私たちの人生の旅路には、どんな試練が待ち受けているか分かりません。しかし、神は真実な方なので、逃れる道を備えてくださると約束されているのです。「イスラエルの人々は主の命によって進み、主の命によって宿営した」そうです。神の民が雲の柱、火の柱で導かれたように、神様は私たちをもその人生の旅路を導いてくださいます。私たちもこの「導かれる民」の原則を今年も貫くこととし、主の導きに委ね、不平不満をこぼすことなく、感謝しつつ従っていきましょう。

III. 奉仕する民

最後にイスラエルの民のイメージを確認しておきましょう。19節、23節に「主への務めを守った」とありますね。その特徴とは、旅路において民は「主に奉仕する民」であったことを示すものです。主なる神様は、アブラハムを起こし、一つの民族を造られましたが、それは、全人類を救おうとされる神様の救済計画の実現のために、彼らを神様に仕える民とする為でした。もう一度、民数記に、しかも11章に戻ってみましょう。モーセが民の不平を目撃し、もはや指導者としてとても耐えられないと訴えた事実を先にお話ししました。そのモーセの訴えに対する、主の答えが16節から語られているのです。「イスラエルの長老たちのうちから、民の長老およびその役人としてあなたが知っている者を七十人、私のもとに集めなさい。彼らを会見の幕屋に連れて来て、あなたの傍らに立たせなさい。」それは、モーセに課せられた責任を、モーセ一人が担うことをしないで、選ばれた信頼に足る70人に分担させることでした。モーセの上にある神の霊を彼らにも分与することによって、モーセと共に、神に奉仕させることでした。そこでモーセが主の言われたように70人を集め、幕屋の周りに立たせると、その時です、主がモーセの上にあった神の霊を分配されたというのです。みてください、25節に「霊が彼らの上に留まると、彼らは一時だけ預言者のようになった。」と記されています。ところが、どうやら70人のうち二人が一緒に集まっていなかったようで、宿営に残っていました。すると、その二人が自分の宿舎で、神の霊に満たされ預言し始めたというのですね。すると長年モーセに従っていた従者のヨシュアがそれに気づいて、指導者のモーセに、「わが主人、モーセよ。彼らをやめさせてください」と、彼らが預言するのを辞めさせるよう忠告したのです。それに対するモーセの反応を見てください。彼はこう断言しています。「モーセは言った。「あなたは私のために妬みを起こしているのか。私はむしろ、主の民すべてが預言者になり、主がご自身の霊を彼らの上に与えてくださればよいと望んでいるのだ。」これは当時としては驚くべき発言と言わねばなりません。何故なら、旧約聖書時代においては、神の霊が臨み、働きのために特別な力が付与されるのは、極々限られた人に限定されていたからです。モーセ自身、エジプトからの奴隷解放の偉業を達成できたのは、神の特別な注ぎの油、聖霊の力が付与されていたからです。今また、モーセ以外に70人が選ばれ、彼らに神の霊が注がれることは、特例中の特例でした。それなのに、モーセは、「主の民すべて」に神の霊が注がれたら良い、と自分は希望していると断言していたのです。

このモーセの願望は、その時だけの一時的な思いつきでしょうか。ところが、そうでありませんでした。神は、このモーセの願いを聞いておられ、将来、この願いが実現成就する約束を預言者ヨエルにより、後に与えられておられるからなのです。ヨエル3章1、2節を開いてみましょう。「その後私は、すべての肉なる者にわが霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。その日、男女の奴隷にもわが霊を注ぐ。」「その後」とは何時のことですか。 もうお分かりでしょう。ペンテコステの日なのです。聖霊が注がれ降ったその日、使徒ペテロが立ち上がって驚く群衆に対して引用した預言こそヨエル3章だったのです。使徒行伝3章14節からご覧ください。「そこで、ペトロが十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。『ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。私の言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。』」そう切り出してペテロが引用したのがあのヨエル3章でした。それ以来、ペンテコステの日以来です。神の霊は信じるキリスト者全員の上に注がれているのです。それは明らかに救い主イエス・キリストに奉仕するために他なりません。

使徒パウロは、コリント第一12章で教えて明言しています。「恵みの賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、仕えるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての人の中に働いてすべてをなさるのは同じ神です。一人一人に霊の働きが現れるのは、全体の益となるためです。」ヨエルの預言において、主は「私は、すべての肉なる者にわが霊を注ぐ。」と約束されました。パウロは「すべての人の中に働いてすべてをなさるのは同じ神です。一人一人に霊の働きが現れるのは、全体の益となるためです。」と語っており、強調されているのは、「すべての人」「一人一人に」でしょう。モーセの時には、70人に限定されています。しかし、今や、信じるすべての人に聖霊が注がれているのです。それによって聖霊の賜物の現れがあり、それによって全体の益となると言われているのです。12章には9つの賜物が列挙されていますが、それが賜物の全てではありません。ローマ12章には「預言の賜物、奉仕の賜物、教えの賜物、奨励の賜物、施しの賜物、指導の賜物、慈善の賜物」と7つ挙げられています。神の賜物の範囲は非常に広範囲であり、それによって人々のニーズに応えられるように配慮されているのです。

この新しい2023年度を進みゆくにあたって、改めて、私たちは天国を目指す地上の旅人であることを確認しておきましょう。そして、その地上の旅は、聖霊によって導かれるのでありますから、不平不満をこぼさず、従い導いていただきましょう。今やモーセの時代とは比較にならない時代に、私たちは生かされているのでありますから、自分に与えられている聖霊の賜物を見極め、全体の益となるよう、積極的に奉仕させていただくように努めようではありませんか。

115日礼拝説教(詳細)

「お言葉ですから」  ルカ5章1〜11節

群衆が神の言葉を聞こうとして押し寄せて来たとき、イエスはゲネサレト湖のほとりに立っておられた。イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。イエスは、そのうちの一そうであるシモンの舟に乗り込み、陸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆を教えられた。

話し終わると、シモンに、「沖へ漕ぎ出し、網を降ろして漁をしなさい」と言われた。

シモンは、「先生、私たちは夜通し働きましたが、何も捕れませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。

そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。そこで、もう一そうの舟にいた仲間に合図して、加勢に来るように頼んだ。彼らが来て、魚を両方の舟いっぱいにしたので、二そうとも沈みそうになった。

これを見たシモン・ペトロは、イエスの膝元にひれ伏して、「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間です」と言った。とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。シモンの仲間、ゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様だった。

すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

ハレルヤ!聖書はルカ5章1〜11節をお読みし、そして、祈りましょう。これは、キリストの公生涯の初期における最初の弟子たちのガリラヤ湖畔での召命を物語る箇所です。マタイもマルコもヨハネもキリストによる同じ弟子召命を扱っているのですが、ルカのそれは、同じようでもペテロを中心としたユニークなドラマチックな物語となっています。

キリストは、漁師であったペテロの職業現場であるガラテヤ湖畔に現れました。さらにペテロに語りかけられ、具体的な体験を与えることで、彼を福音宣教のために召し出されました。今日の主題は、ペテロに語りかけられたキリストの言葉であります。それは、ペテロがキリストの語りかけを受けるや、「先生、私たちは夜通し働きましたが、何も捕れませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えているからなのです。言葉とは、人が声に出して言ったり文字に書いて表したりする、意味のある表現のことですね。言わずもがなです。しかし、ペテロは、キリストの言葉を聞いたことによって、彼は自分自身に大きな変革を経験させられ、新しい人生の深みへと進みゆくことになったのです。ペテロは、ガリラヤの一介の漁師であったにもかかわらず、キリストに召されて弟子とされ、やがて12使徒に選ばれると、初代教会の先頭に立って教会の基礎を築く、要となるような重要人物とされたのです。

.語られた人格

キリストがペテロの船に乗り込み、群衆に話終わってから、「沖へ漕ぎ出し、網を降ろして漁をしなさい」と語られると、ペテロはその語りかけた方を「先生」と呼び、答えて「お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と言っています。「先生」というこのペテロの呼びかけ、これは上に立てられている人への呼びかけ言葉で、軍隊で言えば指揮官、奴隷にとっては主人、学校の生徒であれば先生と言った意味で使われる、普通一般で使われている呼び方の一つに過ぎません。ヨハネ1章には、ペテロの最初のキリストとの出会いの記事がありますが、そこでは、兄弟のアンデレに、ペテロはキリストに紹介される形になっています。アンデレはバプテスマのヨハネの弟子だったようで、師であるヨハネからキリストを来るべきメシアであると指し示されると、直ちにキリストの後についていきました。そして彼らはキリストを「ラビ」と呼びかけ、その後、招かれるままに一晩をキリストと共に過ごしております。翌日、アンデレは、兄のシモンに会うと「私たちはメシアに出会った」と証言し、シモンをイエスに紹介していたことが分かっています。 このガリラヤ湖畔でのキリストとの出会いは、その後の出来事であったに違いありません。

そして、この時点で、ペテロがキリストを「先生」と呼んだことは、彼のキリスト認識がこの程度のレベルであったということなります。この「沖へ漕ぎ出しなさい」と語るというより、ペテロに命令している人物は、少なくとも自分より上に立てられている人、先生、そのぐらいの認識しか、ペテロにはなかったに違いありません。その認識は間違いという訳ではありません。しかし、全く正確ではなかったことが、その後の奇跡体験によって露見することになるのです。網を言われたように降ろして驚異的な大漁の奇跡を経験した後の8節をご覧ください。彼はイエスの膝もとに平伏して「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間です」と告白しているからなのです。そのとき、ペテロの心の目が開かれたのです。このお方は「先生」どころではない、「主」であると瞬間的に悟らされたのです。主、即ち、原語でキュリオスなのですが、三つの意味でこの「主」は当時は使われていました。第一は旦那とか、あなた様ぐらいの意味です。第二は奴隷にとっての主人という意味です。しかし、第三の意味、それは非常に重い意味で、神を意味する特別な用語であったのです。

旧約聖書で神を表す言葉として頻繁に出てくるアドナイが、ギリシャ語に翻訳される時に使われたのがキュリオスでした。当時すでに流布していたと言われる「七十人訳聖書」は、旧約聖書のギリシャ語訳聖書で、そこには神が「主」と訳されているのですね。ペテロの前に現れた方は、誰でしょうか。先生?とんでもありません。主、主なる神です。しかも目に見えない神が人の形となって現れた方、それがイエス・キリストなのです。

ここで、ヘブル書1章1〜3節を改めて読み直してみようではありませんか。「神は、かつて預言者たちを通して、折に触れ、さまざまなしかたで先祖たちに語られたが、この終わりの時には、御子を通して私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者と定め、また、御子を通して世界を造られました。御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の現れであって、万物をその力ある言葉によって支えておられます。そして、罪の清めを成し遂げて、天の高い所におられる大いなる方の右の座に着かれました。」御子イエスについて凝縮して語られているこの箇所を一挙に説明し尽くすことは簡単にはできません。それでも、はっきりわかることがあります。それはイエス・キリストが神の御子であること、しかも、万物世界を創造された方であり、神の本質の現れであり、栄光の輝きであるということです。その御子が人間となられ、この世に来てくださったのです。ヨハネはその1章14節でこう言い切っていますね。「言は肉となって、私たちの間に宿った」。この言、ロゴス、それはイエス様のことです。「肉となった」、それは人間となられたことです。「宿った」、言語では幕屋に住まわれたという意味です。昔、エジプトの奴隷から解放されたイスラエルの民が、約束の地パレスチナに向かう荒野の旅路で、宿営の真ん中に神の臨在の象徴として幕屋を張ったのですが、それは神が彼らと共におられることの象徴でした。「言が宿った」とは、神が肉体を幕屋とされ、私たちと共におられた、とヨハネは証言しているのですね。このルカ5章の箇所で、ガリラヤ湖畔に立ち、群衆に教え、ペテロに個人的に語りかけられた方は、主であり、神であり、救い主キリストなのです。

.語られた状況

この人と成られた神、キリストがゲネサレト(ガリラヤ)湖畔に立たれたその時、主は、岸辺に繋がれた二艘の船をご覧になりました。その二艘の船とは漁師ペテロたちの魚を獲る仕事の道具でした。イエスは彼らの職業の現場に来られたのです。職業の現場に立つペテロに語りかけられたのです。その前の章の4章によれば、その38節から、イエスがカペナウムの町のペテロの家に入られ、ペテロの妻の母親、つまり姑の熱病を癒しておられたことが分かります。イエスは、人の生活の場である平凡な家庭に立ち入られ、また、ここで平凡な仕事の現場に立ち入られたのです。イエスはペテロの船に乗り込むと、少し漕ぎ出すように頼まれました。そして群衆に船から語り終えると、「網を降ろして漁をしなさい」と漁師であるペテロ個人に語りかけられているのです。私たちは、ペテロのイエスに対する返事、「先生、私たちは夜通し働きましたが、何も捕れませんでした」によって、イエスがここで語り出された状況が分かりますね。それは専門の漁師、プロの漁師が仕事に失敗していた、という状況だったのです。幼い頃から、この湖に慣れ親しみ、漁師である親に漁師としての根性を叩き込まれ、ゲネサレト湖の自然環境、天候、魚の習性、そして漁の技術の全てを習熟していました。彼らは、夜通しの漁を終えた朝方、網の手入れをしているところでした。しかし、彼らの顔は暗いのです。心は塞ぎ込み、互いに語る言葉もありません。その晩の漁は失敗だったからです。「何も獲れない」一匹も魚は網にかからなかったのです。キリストは、そのように仕事がうまくいかない、失敗した状況に対して、ペテロに語りかけられたのです。

主イエスは、彼に「沖に漕ぎ出し、網を降ろして漁をしなさい」と命じられます。そのイエスの言葉を受けて、ペテロが「お言葉ですから」と言ったその言葉は、微妙ですが原語によれば、1節の「神の言葉」の言葉ではないのです。早朝であるにもかかわらず、ガリラヤ湖畔には群衆が詰めかけていました。彼らはイエスから神の言葉を聞くために押しかけていたのです。「押し寄せてきた」とは凄まじい描写ですね。そこに群衆の熱心さ関心の深さが伝わります。それは、今流に置き換えれば、教会の礼拝の説教を聞くようなものかもしれません。勿論「押し寄せてきた」と表現するのはオーバーかもしれませんが。この礼拝において牧師の語る説教は、特定の個人に対して意識して語られるようなことは決してありません。説教は、それを聞いて個々人が自分の生活に臨機応変に適用するべきものだからであります。

しかし、ペテロが船上でキリストから聴いた言葉、それは、彼個人に対して語りかけられた言葉でした。言語でもここでは、はっきりと使い分けられており、1節の神の言葉の言葉はロゴスであって、5節の言葉、ペテロに語りかけられた言葉はレーマなのです。ここで「お言葉」と訳されたレーマは言葉は言葉でも、「語られた言葉」が強調されていることが特徴なのです。

マタイ4章には、キリストの荒野の試練が記録されています。この時、主イエスは40日間断食をされた直後でありました。誘惑者は空腹なイエスに対して、石をパンに変えて食べたらどうだと示唆していますね。「お前が本当に神の子なら、石をパンに変えて自分の空腹を満たすことくらい簡単ではないか」と誘惑したのです。その際に、4節には、主がこう答えられたという言葉が残されています。「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる、と書いてある。」それは、申命記8章3節の引用でした。その言葉「一つ一つの言葉」が、原語では同じくレーマなのです。パンは、(日本人の私たちにとってお米は、)生きていく上で要らないでわけではありません。肉体的にも生きるためにも働くためにも食べなければなりませんね。しかし、「パンだけ、米だけ」で生きるのではないのです。人間は人間を造られた神の言葉、しかも、その御口から出た言葉、語られた言葉によって生きるものだと、聖書は教えるのです。

ペテロの前に立たれるイエスは、ペテロに生きるためのレーマ、神の口から出た言葉を語ってくださったのです。「イエス・キリストは昨日も今日も、いつまでも同じです。」ヘブル13章8節。ペテロの仕事の現場に立ち、語りかけられたイエスは、今日も、皆さんの仕事場に、書斎に、事務所に、台所に立ち、必要な言葉を語りかけておられるのです。主イエスは、肉体的には昇天され、見えませんが、聖霊のご人格において、信じる人の内に住んでおられるのです。人間は自分の思考能力で考え、判断し決断し、行動するのですが、主は我々の思考に働きかけ、霊の思い、神の思いを下さるのです。聞こえる声で聞くのではありません。しかし日毎に聖霊に満たしてくださるように祈っているなら、聖霊の思いと人の思いがブレンドされて、問題の解決にあたることができるのです。

私たち人間は、働きながら生きるように、神に創造されました。キリストご自身も「私の父は今もなお働いておられる。だから私も働くのだ」(ヨハネ五:17)と言われました。十戒にも「6日働いて7日目を休む」ように戒められている通りです。人は自分の仕事を通じて、自分の生計を立てるだけではありません。それによって隣人の必要を満たす隣人愛を実践することが求められているのです。人は働きながら生きるのです。勿論、諸般の理由で働きたくても働けない人がいます。定年退職して、勤労から退かれた方々が沢山おられます。それでも自分に与えられた能力を活かして隣人愛を実践する働きは、すべての人に与えられております。それでも、いつでも仕事が順調であるわけではありませんね。ペテロのように、ガリラヤ湖の全てを知り尽くし、漁師として熟練していても不漁に悩まされることがあるものです。失敗することだけではありません、仲間内で争い、問題が発生することもあるのです。そんな、私たちの職業の現場に、働く現場に、奉仕活動の現場に、主イエス・キリストはお立ち下さるのです。語りかけてくださるのです。助けの手を差し伸べて下さるのです。

.語られた反応

一晩の不漁で暗い気持ちのペテロでしたが、主が語りかけられると、どうでしょう、彼は、「しかし、お言葉ですから」と言って、言われた通りに沖に漕ぎ出し網を降ろしたのです。ここで、ペテロのキリストに対する答えで光っているのは、「先生、私たちは夜通し働きましたが・・・お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と応答し、沖に漕ぎ出し、網を投げ下ろしたことです。しかも、大切なのは、日本語には訳し出されていないのですが、「網を降ろしてみましょう」の主語が、実は「私」となっていることです。彼は「私たちは夜通し働きましたが」と、自分も含め、昨晩の体験を複数形で「私たち」としていました。ところが、イエスの語りかけに対して、彼は「私たち」ではなく「私」は網を降ろしてみますと個人の気持ち、個人の意志を語っているのです。漁師としての共通認識、共通体験、共通する常識は、魚は夜に漁をするものでした。当然のことです。彼らは、湖の魚たちが、夜になると活発に回遊する原理を知り尽くしていました。それに、昨晩は何故か全員が漁に失敗していたのです。ところが、キリストは、昼日中、魚がいるはずもない沖合に出ていき網を降ろせと命じられたのです。この時、ペテロは兄弟のアンデレにも、別の仲間のヤコブやヨハネに相談していません。共通の意見の一致を見て、行動しようとはしていませんでした。ペテロは、「私たちは夜通し働きましたが」と自分を仲間に加えていますが、イエスのチャレンジに対して、彼は単独で判断し、決断し、イエスに向かって「お言葉ですから、私は網を降ろしてみます」と反応したのです。

聖書に神の言葉、神の教えを学ぶときに、しばしば私たちの常識、通念と全く逆の真理に出くわして、唖然とさせられることがありませんか。「こんな教えにはついていけない」とか「できるわけがないではないか」と、反発したくなるのではありませんか。ペテロは、キリストに言い返すことも出来たはずです。「先生、あなたは漁師ではありませんよ。ズブの素人でしょう。本業はナザレの大工だったでしょう。この湖については、私たちは職業人として知り尽くしていますよ。魚が昼間に獲れるわけがないじゃありませんか。」と。ところが、ペテロは仲間と相談もせず、常識通念にも逆らい、イエスの言葉だからという、ただ、その理由で実践したのです。

先に私たちは1節で群衆が、神の言葉を聞くために岸辺に押しかけてきたことを確認していますね。神の言葉に耳を傾けることは大切なことです。教会の礼拝ごとに説教を聞くことは大切な営みです。スマホで便利な「聴くドラマ聖書」ソフトでみ言葉の朗読に傾聴することは素晴らしいことです。神の言葉の説教は神の言葉です。しかし、あのヤコブ1章22節を忘れてはならないのです。「御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの人であってはなりません。」聖書を読んで感動する、説教を聞いて感動する、だが、自分の生活が、自分の人格が、全然変わらない、いつものままでありうるのです。それは、神の言葉に従い、実行しないからです。ペテロは、イエスの言われた通りにしたことによって、人格的、信仰的な大変革を経験することになりました。その沖合での漁の結果、夥しい大漁となったため、彼の心の目が、瞬間に開かれたのです。そして、イエスに向かって、「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間です」と告白しているのです。罪とは神との関係が破れていることです。ペテロは自分が失われた人間の一人であること、真の意味で神との生きた関係が破れていたことが瞬時にして分かったのです。

しかし、そういうペテロにイエスは招きの言葉をかけられたのです。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」ペテロや仲間が、夜に魚を取る仕事場にしていた湖は、罪の暗黒に支配されたこの世を象徴していると言えるでしょう。ペテロは、その罪に支配されたこの世から、魂を救いに導く福音宣教の明るい光の中での働きのため、キリストに召し出されたのです。「誰でもキリストにあるなら、その人は新しく造られた者です」(コリント第二5:17)私たちは新年を迎えたばかりです。何であって新しいことは嬉しいものです。新しいスマホ、パソコン、車、新しい家、私たちは新しさを常に求めますね。しかし、本当の新しさ、それは創造性にあるのではないでしょうか。キリストを信頼し、キリストのお言葉に、「お言葉ですから」と従い実践するときに、人は新しさを自分自身のうちに見つけるのではないでしょうか。その意味で、この新年を主のお言葉に従って実践する年とさせていただこうではありませんか。

十字架で罪の赦しを得させるため死なれたイエスは蘇り、昇天され生きておられます。今や聖霊において私たちの内にあり、私たちの家庭に、私たちの職場にお立ちくださるのです。どんな難しい問題に直面し、人間関係に悩まされ、あるいは失敗することがあっても、主はそこに立ち、優しく、力強く個人的に語っておられます。今週も、日々の歩みの中で「主よ、お語りください」と祈りましょう。そして「お言葉ですから、やってみます」と、御言葉を実践することにいたしましょう。「漁師たちがその通りにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった」主がなさることは、驚くばかりの不思議なのです。神の言葉にきくだけのものにならず、実行する者とさせていただきましょう。

1月8日礼拝説教(詳細)

午後三時の祈り」  使徒10章1〜8節

さて、カイサリアにコルネリウスと言う人がいて、イタリア大隊と呼ばれる部隊の百人隊長であった。敬虔な人で、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた。

ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、神の天使が来て「コルネリウス」と呼びかけるのを、幻ではっきりと見た。彼は天使を見つめ、怖くなって、「主よ、何でしょうか」と言った。

すると、天使は言った。「あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた。今、ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、皮なめし職人シモンと言う人の客になっている。家は海岸にある。」

天使がこう話して立ち去ると、コルネリウスは召し使い二人と、側近の部下で敬虔な兵士一人とを呼び、すべてを話してヤッファに遣わした。

新年の第二週を迎えました。皆さんは最初の一週間をどう過ごされたでしょうか。元旦礼拝では、イザヤ61章から、この新年は聖書的には「主の恵みの年」であると証言させていただきました。勲(いさお)の無い者を神が愛ゆえに顧み好意を示してくださる年なのです。今は恵みの時、救いの日であります。そしてそこで明らかなことは、その神の恵みを受けるために手段が必要であること、その中でも最も優れた手段の一つこそ祈りであるということなのです。

今日開かれた聖書には、その恵みの手段を生かして、非常に祝福された一人の人物が紹介されています。それがローマ軍団イタリア大隊の百人隊長コルネリオなのです。ローマの一軍団は6000人で構成されます。イタリア隊は、その軍団で600人からなる一部隊で、コルネリオはその部隊の勇猛果敢で優秀な百人隊長であったのです。この部隊は、ユダヤ州の州都カイザイリアに駐屯し、カイザイリアはヘロデ大王がローマ皇帝アウグストスに因んで起こした町、しかもローマ総督ピラトも居住した非常に重要な都市の一つでした。このカイザイリアでコルネリオが、午後三時に祈ったということは、教会の宣教史上、実に画期的なことです。何故なら、キリストの福音が、ユダヤ民族を超えて、これを機会に、異邦人世界に伝えられていく突破口となったからです。主イエスは1章8節で「ただあなたがたの上に聖霊が臨むとき、エルサレムを始め、ユダヤとサマリヤの全土、更に地の果てまで、私の証人となります。」と明言されました。そして実に、このコルネリオの祈祷を契機に、地の果てまでの宣教の門戸が開かれ、実現することとなったのです。その意味でも、祈りの重要性は強調しすぎることはありません。

.定刻祈祷の根拠

3節に「ある日の午後三時ごろ」とあります。コルネリオはこの時間帯に祈っていたのです。そしてこの祈りの結果、コルネリオは使徒ペテロを彼の自宅に招待することになるのですが、自宅に到着したペテロに招待したその理由を問われ、彼はこう説明しております。30節をご覧ください。「四日前の今頃のことです。私が家で午後三時の祈りをしていますと、輝く衣を着た人が私の前に立って、言うのです」コルネリオははっきりと、招待理由を「午後三時の祈り」をした結果だと説明しているのです。と言うことは、コルネリオが日毎に定刻祈祷を実施していた、ということを意味することに間違いありません。

2節によればコルネリオは「神を畏(おそ)れる人」であったと言われ、すなわちユダヤ人以外の異邦人であるにもかかわらず、神を信じ畏れ敬う敬神家であったと言うことです。ユダヤ教徒となるために割礼を受けはしません。しかし、彼はユダヤ人の会堂の礼拝にも出席し、聖書に親しみ、律法の主要な戒めに従っていた人物であったのです。午後の三時に時を定めて祈っていたことは、明らかにユダヤ人が日に三度祈ることが習慣であったからです。彼らユダヤ教徒達は、朝の9時、昼12時、午後3時に祈ることを徳行として常としていたのです。

使徒3章の「麗しの門」の奇跡物語をご存知でしょう。門前で物乞いをしていた生まれながらの足萎(な)えが癒されたのは、使徒ペテロとヨハネが、まさに神殿での午後三時の祈りに参加しようとした時であったのです。神殿では午前九時と午後三時に犠牲を捧げる儀式が、律法の規定に従い毎日行われていました。そしてその時間をユダヤ人は祈りの時としていたのです。

その根拠は、出エジプト記29章の犠牲奉献の取り決めにありました。その38節にはこう指示されています。「あなたが祭壇の上に捧げるものは次の通りである。毎日欠かすことなく、一歳の雄の子羊を二匹、朝に一匹、夕方にもう一匹を捧げなさい。」その結果受ける祝福が、42〜43節に神がこう約束されておられます、「私はその場所であなたがたと出会い、あなたと語る。私はそこでイスラエルの人々と出会う。彼らは私の栄光によって聖別される」 何と素晴らしい約束ではないでしょうか。イエスの使徒とされたクリスチャンでありながら、ユダヤ教の習慣に従い、ペテロもヨハネも神殿に出向いたのは、当然のことと言えば当然のことでした。それゆえに、初代教会は、この定刻祈祷の伝統を継承するのですが、更に素晴らしい根拠理由が、そこにはあったからです。

その理由とは、神の子羊なるイエスが、十字架で磔(はりつけ)刑に処せられたのが朝の九時であり、昼の12時にイエスは暗黒に閉ざされ、午後三時に、「我が神、我が神、何故、私をお見捨てになるのですか」と叫び、「すべては完了した。」と息を引き取られたからです。マルコ15章を開いてみましょう。25節「イエスを十字架につけたのは、午前九時であった」33節「昼の十二時になると、全地は暗くない、三時に及んだ。三時にイエスは大声で叫ばれた。」初代教会の人々は、神殿で毎日献げられた二匹の子羊とは、十字架にかけられた神の子羊なるイエスであると理解したのです。彼らは、朝に昼に午後に祈ることを常とすることによって、主の十字架の受難を偲ぼうとしていたのです。

使徒2章のペンテコステで聖霊が降臨し、120名が聖霊に満たされた時、驚いた群衆にペテロが語った言葉を覚えておられますか。15節に「今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではありません。」とあります。120名の人々は、主の聖霊の約束を10日間祈り待望し、その10目の朝九時に、彼らが祈っていたまさにその時に、聖霊が彼らの上に降られたのです。10章のコルネリオの出来事に続く箇所9節以降には、使徒ペテロの祈祷体験が綴られています。9節によれば、それが「昼の十二時頃」であったことが証言されているのです。「ペテロは祈るために屋上に上がった。昼の十二時頃である」これはペテロ自身が、昼十二時に定刻祈祷することを常としていたということです。彼はそれによって、不思議な幻を見せられ、それによって意外な事態へと展開して行くことになったのです。

.定刻祈祷の特質

ここで定刻祈祷の特質、特徴、祝福を紹介しておくことにしましょう。定刻祈祷に限りません、これは祈りの全てに通じることでもあります。

先ず第一に言えること、それは人が祈る時、人の祈りの言葉は神に間違いなく伝達され、聞かれているということです。カイザイリアのコルネリオが祈っていた時、突然天使が現れ、驚く彼にこう語りかけました。「あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた」後に、ペテロに招待の理由を問われた時には、コルネリオは天使の言葉を「コルネリオ、あなたの祈りは聞き入れられ」と自分の言葉で言い直して証言しています。今現代ほどに、伝達手段の発達した時代はありませんね。昔は飛脚や伝書鳩を使い、やがて電信、電話が開発され、今ではインターネットにより、スマホにより、どこでも何時でも言葉を伝え、映像、動画をも伝え、いや、互いに顔を見ながら会話ができるのです。元旦の夕べのことでした。娘が私の書斎をノックするので、何かと思えばズームで子供たちが顔を揃えているというのです。何という技術の凄さでしょうか。居ながらにして顔を合わせ、複数の人々が意志の伝達をすることが可能となったのです。

しかし、もっと素晴らしい伝達手段、それが祈りなのです。何故なら祈りは天と地を結ぶ交流伝達手段であり、神に届く霊的な会話であるからです。神のみ顔を見ることは勿論できません。しかし、人の口から語られた祈りの言葉は神に確実に届いており、神に聞かれているのです。詩篇141篇の2節の祈りの詩が思い起こされます。「わたしの祈りを御前に立ち昇る香りとし高く上げた手を夕べの供え物としてお受けください。」スマホなど無かった時代、彼らは祈りを立ち上る香(こう)の香りにイメージしたのです。祈りは神に届く芳しい香りのようだというのです。しかし同時に、コルネリオの祈りは施しと共に天に届き、覚えられていたことをも忘れないようにしましょう。彼の祈りは自分勝手な利己的な神への祈りではなかったことが隣人に対する、とりわけ貧しい人々への愛の施しによって証されていたのです。

神は高ぶる者、利己的な者、自分中心的な人の祈りを聞かれることはないでしょう。神は都合の良い便利屋では、決してないのです。

第二に言えることは、人が祈る時、それは神の啓示の時となるということです。エレミヤ33章3節で、主はこう言われました。「私を呼べ。私はあなたに答え、あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる」祈ることは、「私を呼べ。」という神の要請、神の勧告なのです。それは、人は祈ることによって、新しい霊的な洞察に導き入れられるからなのです。その典型にペテロの昼十二時の祈りがあります。10章9節以降の物語はこのようです。ペテロは、滞在していたヨッパの友人宅で、昼食を待つ間に夢現状態になり、天からの幻を見せられた、というのです。それは籠に入れられた沢山の獣の映像であり、天からの声によれば、それを食べよと命じられました。しかし、使徒ペテロは「主よ。それはできません。」と答え、律法の規定により汚れた動物は食べないことが当然であることを主張しました。しかし、三度同じことが語られ、それはやがて、彼の心に、全く新しい境地を開くきっかけとなったのです。

使徒ペテロには、いわゆるアンコンシャスイアス、すなわち、自分でもそれと気づかない無意識の偏見がありました。それは、異邦人に対する人種差別意識であったのです。これは当時のユダヤ人に共通した偏見でした。ユダヤ人以外の人種は、霊的に汚れており、交際することを一切しないようにすることが、ユダヤ人の伝統的態度だったのです。ペテロは主イエスを信じ、救われ、遣わされた使徒であったにもかかわらず、この偏見に気づいていませんでした。それは、神の福音の世界宣教計画にとっては、由々しい深刻な障害でした。その偏見がある限り、ユダヤ人以外の異邦人世界に、福音が伝播していくことができないからです。ですから主は、この福音の世界宣教のために、この誤った人種差別の偏見を取り除くために、定刻祈祷を用いられたのです。

その幻が消えた丁度その時でした。コルネリオの差し向けた三人の使者が、ペテロの居場所を探し当て、戸口にやって来ました。すると聖霊が、ペテロを促し、彼らに同行するよう促されたのです。ペテロは、その来訪者が異邦人、ローマ人であると直ぐ分かり、それと同時に、今魅せられたばかりの幻の意味が分かったのです。ペテロが訪問し、コルネリオに会うと、こう語り出しました。「彼らに言った。「ご承知のとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、訪問したりすることは、許されていません。けれども、神は私に、どんな人をも清くないとか、汚れているとか言ってはならないと、お示しになりました。それで、お招きを受けたとき、ためらわずに来たのです。」28節。それは画期的な偏見思考の驚くばかりの変革でした。これによってペテロは、誤った伝統的な差別意識から解放され、神と働く準備が整えられることになったのです。

人には様々な無意識の偏見があります。職業に対する偏見があります。性差別の偏見があります。人種差別があります。それが何であれ偏見は神の働きの妨害です。しかし人が祈る時、神はその人の偏見を露わにされ、健全な意識と態度に変えてくださるのです。

祈りの祝福について第三に言えることは、人が祈る時、神の導きを受けることになるということです。今朝の礼拝の招きの言葉は詩篇23篇でしたね。ダビデは主なる神が自分の羊飼いだと告白しました。そして「主は私の魂を生き返らせ、御名にふさわしく、正しい道へと導かれる。」と歌うのです。3節。羊は自分自身で正しい方向を判断することができません。深刻なまでに方向音痴なのです。羊に絶対に必要なのは羊飼いによる導きです。神の導きにはいくつかのパターンがあることをここであげておきましょう。

その一つは条件型の導きです。その典型はアブラハムが僕(しもべ)のエリエゼルを自分の故郷に派遣し息子のイサクに嫁を探させたケースがそうです。アブラハムは、嫁は地元のカナンから選んではならず、遠くの故郷からと僕に指定しました。そして、嫁に相応しい人を探し出し、心から付いてくるなら良し、そうではなければ、断念しても良いというものでした。嫁に相応しいかどうか、その条件はその女性の態度にかかっていたというのです。結果は、僕はリベカを探し当て、イサクの元に連れてくることができたという、美しい物語です。(創世記24章)

神の導きには消去型があります。その典型は、サムエルによる王の選び方でしょう。サウル王が退けられる時、神はサムエルをエッサイの家に遣わしました。エッサイの息子の中から王となる人物を選ぶように命じられたのです。サムエルの前に、まず長男が立つとこの人物が好ましいと彼は判断したのですが、主は違うと言われました。次々に息子が立つのでしたが、全部違いました。そして最後に選ばれたのは、そこに居合わせておらず、野原で羊の番をしていた少年ダビデでありました。 (サムエル上16章)

総合型の導きというものもあります。その典型的な例は、使徒16章10節に見られる使徒パウロの導き判断でしょう。パウロとバルナバは第一次伝道旅行に続いて第二次伝道旅行に向かいました。しかし、その出発時点からトラブルが続発し、バルナバの従兄弟(いとこ)のマルコを同伴するかで二人の意見が分かれ、結果 別行動を取ることになってしまいます。パウロはシラスを同行者として選び、出発しました。しかし、小アジア地方に至ると進むべき方向が決まらないのです。その時、夜 幻を見せられマケドニア人の叫びを聞きます。10節を見ると、そこでパウロがそれまでの全てを総合して神の導きを判断していることが分かります。

そこで今、私たちがこの使徒10章に見る祈りにおける導きはとは統合型であり、そのいずれでもないことが分かるのです。それは、全く会ったこともない知らない者たちが、それぞれ神の導きに従った行動をしたとき、そこに初めてそれが、神の導きであったことが確証されるようなパターンなのでした。コルネリオは使徒ペテロを個人的に知りません。ペテロはペテロで、ローマ人の百人隊長がカイザイリアにいることなど露だに知りません。しかし、神は二人が出会うように導かれ、それによって、歴史上画期的な出来事が起ころうとしていたのです。コルネリオはコルネリオで天使の出現と告知が与えられ、三人の使いをヨッパに派遣しました。招待する人物が誰であり、何を期待すべきかも分からずに、彼は導きに従ったのです。使徒ペテロ、天からの奇妙な汚れた動物の幻を見せられ、一体これは何を意味するのかと頭を傾げておりました。その時、訪ねてきた三人に同行するように聖霊に促された時、彼は、そこで何をするべきかを知らずに、その導きに兎に角、従ってついて行ったのです。

それは、神が摂理的な計画の中で、双方を導く統合型の導きであったということです。

私と妻との出会いもその典型かもしれません。私はそれまで奉仕した教会を辞めようとしていました。すると札幌の石川牧師が、3月に辞める前に一度2月に教会で説教をしてほしいと依頼してこられたのです。その前日の土曜日に到着すると、何と牧師から結婚の話が持ち出されました。教会に来ているある姉妹の父親から娘を高木牧師にどうだろうと電話による申し出があったと語られたのです。私はその父親もその娘も面識が全くありません。その日の礼拝が終わり、夕方のことでした。私は子供三人と共に石川牧師宅に泊まることにしていました。その時、石川牧師に電話が入り、それは礼拝で説教を聞いた二人の姉妹からで、もう少し話が聞きたいから、これから訪ねて良いかという内容でした。その二人は、やがて結婚することになる姉妹とその仲良しの友人でした。彼らは、父親から結婚の話が牧師に行っていることなど一切知らされていませんでした。電話口で牧師から聞かされた彼女はびっくり仰天だったようです。私は教会に説教目的で行きました。彼らは単に私から更に話を聞きたく電話をしてきました。その結果、私たちは結婚することになったのです。主の御名を賛美します。統合的に導いてくださったのです。

.定刻祈祷の応用

神に祈るとは何と素晴らしい恵みの手段ではありませんか。この10章の前の9章にはパウロの改心の経緯が記されています。彼は教会の迫害者でしたが、ダマスコ途上でキリストの顕現に預かり、突如として改心しました。パウロは光に打たれて目が見えなくなり、人の手に引かれてダマスコの街に入るのですが、彼が最初にしたことは祈りでした。9章10節からは、ダマスコ在住のアナニアに幻で主が現れ、パウロを訪ねるよう指示されるのですが、こう語られたのです。「ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。彼は今祈っている。」人が真の意味で、神に祈り始める時、その人は主によって注目されます、認められているのです。「彼は今祈っている」百人隊長のコルネリオが午後三時の祈りをするのをも、主は見ておられました。ペテロが昼十二時の祈りをするのをも、主はご覧になっておられたのです。誰でも人が祈るとその祈りは、主によって見られているのです。「彼は今祈っている。」祈りに関する教えは聖書に満ちている大切な課題ですが、今日は、開かれている使徒10章から定刻祈祷をお勧めしたいと思います。

定刻祈祷の根拠についてはすでに紹介した通りです。古代のユダヤ人たちの習慣でした。 その典型にダニエルが挙げられます。彼は日に三度、バビロンの異国の地にありながら、エルサレム神殿に向かって祈りを捧げるのが常でした。(ダニエル6章11節)それが異教徒にも周知されていたがために、その祈りが災いして囚われ、ライオンの穴に投げ込まれたほどです。しかし、ライオンは彼を傷つけることはしませんでした。初代教会の聖徒たちも、ユダヤ人の伝統に加えて、キリストの十字架の9時、12時、3時の受難を忍び、彼らも祈っていたようです。ローマのイタリア部隊の隊長の職務にありながら、コルネリオは、どうして日に三度も祈ることができたのでしょうか?それは、どうやら、ローマ人達は職務中に三度の休憩時間があり、その時間を活用して隊長は祈ることができたようなのです。テサロニケ第一5章17節には「絶えず祈りなさい」と勧告されるのですが、それは、できる時間に祈ることにしなさい、という意味です。

私は、新年の新しいビジョンとして、自分の生活にこの定刻祈祷を取り入れ、3日目から実施することにしました。私は起きたらまず祈るのです。夕べにも寝る前に短く祈ります。それにこの定刻祈祷が加わり、それ意外に1時間はとりなし祈祷を毎日するのですから、それはもうずっと祈り続けているような気持ちがいたします。賛美を歌い、聖書日課を朗読し、使徒信条を告白し、祈りを捧げ、主の祈りを唱えると15分の定刻祈祷は、あっという間に終わる感じがします。私は、昨年、主の言葉、イザヤ56章7節「私の家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」に従い、礼拝後に「祈りの家チームミニストリー」を開始しました。今年は、さらに徹底し、この定刻祈祷を実施することに決めたのです。私はこの礼拝堂の講壇前で定刻祈祷を 3回することにしております。教会の玄関は、朝から開けておきますから、希望される方は、遠慮なく祈りに参加してください。個人的に自宅で実施する人のためにも、聖書日課表ができていますから、受け付けで受け取って活用してください。

教会が祈り始めるときに、何かが起こり始めます。主は言われます。イザヤ43章19節「見よ、私は新しいことを行う。今や、それは起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。確かに、私は荒れ野に道を荒れ地に川を置く。」それは、教会が祈り始める時に起ころうとするのです。異邦人のコルネリオが祈る時、彼は用いられました。であるとすれば、私たちもまた、祈る時に、神に用いられるに違いないのであります。

1月1日礼拝説教(詳細)

「主の恵みの年に」  イザヤ61章13

主なる神の霊が私に臨んだ。主が私に油を注いだからである。主の恵みの年と、私たちの神の報復の日とを告げ、すべての嘆く人を慰めるために。

シオンの嘆く人に、灰の代わりに頭飾りを、嘆きの代わりに喜びの油を、沈む心の代わりに賛美の衣を授けるために。

彼らは義の大木主が栄光を現すために植えられた者と呼ばれる。

2023年、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。皆さんは、今日、この新年を教会の礼拝から始めようと来会されました。その動機が何であれ、大変に意義深いことです。私は今日、旧約聖書のイザヤ書から語るように導かれており、61章2節を司会者に読んでいただきました。このイザヤ書は、聖書の中でも預言書と言われ、預言とは、神から権威を与えられた預言者が語った神の御旨のことです。ここで語られている預言には、三つの目的があることが2節で明白にされます。第一に、嘆く人を慰めることです、第二に主の恵みの年を告知することです、そして第三に神の報復の日を告知することであるということです。

.嘆く人の慰め

ここで慰めを必要とした嘆く人とは、B C587にバビロン帝国に国を滅ぼされ、一千キロも離れた異国の地に連れ去られ、捕囚となったユダヤの人たちのことです。彼らは住み慣れた祖国を遠く離れ、何十年も異国のバビロンに暮らさなければならない惨めさに、ただ嘆き悲しむばかりでした。その嘆きの心情を歌った詩が、詩篇の137篇に次のように残されていますので読んでみましょう。

『バビロンの川のほとり、そこに座り、私たちは泣いた、シオンを思い出しながら。そこにあるポプラの木々に琴を掛けた。私たちをとりこにした者らがそこで歌を求め、私たちを苦しめる者らが慰みに「我らにシオンの歌を一つ歌え」と命じたから。どうして歌うことができようか、異国の地で主のための歌を。』

日本には、ロシアと戦争状態にあるウクライナから、避難している人が200人以上いるそうです。これは彼らの心境そのものでもあり、その嘆きは察してあまりあるものがあります。嘆くとは、深く感じて悲しくため息をつくことです。慨嘆する、悲嘆に暮れる、嘆息を漏らすことです。

しかし、キリストは山上の垂訓で「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。」と言われました。また、「今、笑っている人々、あなた方に災いあれ、あなたがたは悲しみ泣くようになる。」とも語られました。2022年を終えた今、新年を迎えられた皆さんは、嘆き悲しむ人でしょうか、それとも、笑っている人でしょうか?キリストは、「悲しむ人々、嘆く人々は幸いである」と言われるのです。何故なら、慰められるからだと語られたのです。

61章の3節には、2節で慰めが預言目的として語られただけではなく、慰められる結果が、預言されています。『シオンの嘆く人に、灰の代わりに頭飾りを、嘆きの代わりに喜びの油を、沈む心の代わりに賛美の衣を授けるために。』嘆きく代わりに、頭飾り、喜びの油、そして賛美の衣が授けられるようになると約束されています。これは、2023年を迎えたここにある私たちに対する神の約束でもあります。たとえ昨年中、ため息ばかりつくことが多かったとしても、聖書は、この新しい年、2023年が、喜びに満ちた、賛美に満ちた年になる、と言われているのです。何故なら嘆く人は慰められるからです。

.主の恵みの年の告知

では、干支(えと)によって今年は虎年からウサギ年になり、ぴょんぴょん跳ねて飛躍するので喜びの年になるのですか。星占いによれば、星の動きが大きいので、これまで以上に変化、変容を促される年になるからですか。政治、経済、科学、全ての分野の専門家たちが、2023年を、あらゆる角度から分析し「きっとこのようになるだろう」と予測を立てているからでしょうか。

そうではありません、聖書によって「2023年は主の恵みの年となる」と確言されているからなのです。聖書で恵みとは、勲(いさお)の無い者に対する神の特別な好意という意味です。実は、この「主の恵みの年」の表現には、レビ記25章に律法で規定された「ヨベルの年」が背景になっているのであります。ヨベルとはヤギの角でできたラッパのことで、その定められた年の始めに、国中で高らかにラッパを吹き鳴らす、その年のことが「ヨベルの年」と呼ばれていたのです。皆さんも、天地創造で、神が万物を6日かけてつくり、7日目に休まれ、それから安息日が人間に定められたことをご存知でしょう。それによって、人も6日働き、7日目を休むよう聖書では命じられています。

しかし、レビ記25章によれば、人間のための7日目の安息日だけではなく、耕す土地にも安息を与えるために、7年目毎に安息年を定めることを、神がイスラエルの民に、命じられたことがわかります。7年目は、土地の農耕をしない、人も動物も休め、ということなのです。その上で更に、神は、その7年の7倍の50年目に、特別に国中でラッパを吹き鳴らし、全ての住民に解放を宣言するよう、命じられた、というのです。具体的にどうするかというと、第一に、土地を休ませ絶対に耕さないこと、第二に、何らかの事情で、先祖伝来の自分の土地を売って手放していたなら、その土地に戻ることができる、第三に、生活に困窮し、誰かの奴隷として身売りしていたのなら、その奴隷状態から解放され自由になれる、と言うのです。 現代では考えられない制度です。それはそれは、驚くばかりの素晴らしい社会保障制度でした。50年毎に、全てがご破算で、元の状態が回復されるようになるという制度なのです。

「主の恵みの年」が、このヨベルの年を背景にした表現であるとは、この年が、神の定められた解放の年であるということなのです。

このイザヤ61章2節の「主の恵みの年」の預言の歴史上の第一の実現成就は、B C538のペルシャのクロス王による、イスラエルの民のバビロン捕囚からの解放でした。強大な大バビロン帝国を打ち倒したペルシャの初代帝王クロスが、捕囚とされていたユダヤの民に、祖国帰還命令を出し、神殿再建、祖国再建を実行に移させたと言う歴史的事実があるのです。

61章2節は、1節から続く預言の一部なのですが、この1節で語っている人物が誰であるか、ここでは特定されておりません。この1節で「主なる神の霊が私に臨んだ。主が私に油を注いだからである。」と語るこの「私」とは誰のことでしょうか。油を注ぐとは、聖書では、神が権威を授けることの象徴的な表現です。実に、ここで語っているこの人物こそ、何と歴史的には、ペルシャの帝王クロスのことなのです。このイザヤ書の45章をご覧ください。預言者イザヤが61章に先立つ45章で、こう預言したのです。「主は油を注がれた人キュロスについてこう言われる。私は彼の右手を取り彼の前に諸国民を従わせ、王たちを丸腰にする。彼の前に扉は開かれどの門も閉ざされることはない。」イザヤが預言活動をしたのは B C700頃からのことであり、クロスが即位したのは550年頃のことです。と言うことは、クロスが歴史に実際登場する100年以上も前に、彼の名をもって、その出現が預言されていたと言うことです。

ペルシャのクロス王の最初の名前は、アグラダテスという名前でした。しかし彼は、やがてイザヤの預言を知るに及んで、このクロスという名を、自分のものにしたと言われているのです。聖書によれば、クロス王は、神により立てられ、バビロン捕囚の民に解放を宣言するために、歴史上、用いられた救済者であったのです。油注がれたメシアだったのです。

ところが、私たちは新約聖書により、この「主の恵みの年」の預言の完全な成就は、実はイエス・キリストであることを知ることになるのです。ルカ福音書4章をご覧ください。ナザレ村の会堂で、キリストがこのイザヤ61章の巻物を渡され、それを朗読してこう語り出されたのです、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」(4章21節)主イエスは、61章で「主が私に油を注がれた」と言う、油注がれた人物をご自分のこととされたのです。ヘブライ語では、油注がれた者をメシアと言い、救世主のことです。「主の恵みの年を告げる」ということは、主イエスがメシアとして来られたことを告知することです。主イエス・キリストの十字架の死と復活により、神の恵みにより、全ての人が罪赦されて救いに預かることができる、と言うことなのです。

使徒パウロが、エペソ2章で「神は憐れみ深く、私たちを愛された大いなる愛によって、過ちのうちに死んでいた私たちを、キリストと共に生かし——あなたがたの救われたのは恵みによるのです——、あなたがたは恵みにより、 信仰を通して救われたのです。それは、あなたがたの力によるのではなく、神の賜物です。(4、8節)」と語っているのはそのことです。ここで「救われた」とは解放されたということです。ヨベルの年の規定では、自分の土地に戻されたり、奴隷から解放されることでした。バビロン捕囚では、解放されて祖国に帰還することでした。しかし、今の時代にあっては、キリストのゆえに、誰でも信じる者が、罪の奴隷から解放されて、神を信じ、神との交わりが回復される、と言うことなのです。

神は天地万物の創造者であります。神は人間を創造され、人間の歴史の形成者であります。神はバビロン帝国を、イスラエルの罪を断罪するために道具として用い、ペルシャ帝国を民の解放のために用いられました。神は、世俗の王を立て、王を退ける主権者です。神は、国を興し、国を廃する主権者であります。神こそ全宇宙、全世界、全歴史において至高の存在であり、今現在も、その支配は全地に及ぶのです。その意味で、2023年に何が起ころうとも、心配することはありません。全てが主の御手の内に、恵により支配されているからです。今日、ここにおられる全ての方々は、一人残らず例外なしに、神に大いに愛されています。神に愛され、恵みに生きる限り、この新年は、何が起ころうとも、喜ばしい年なのです。「頭飾りをつける」年なのです。「喜びの油が注がれる」年なのです。「賛美の衣着せられる」年なのです。文字通りに、3節に預言されたことが成就する年なのです。

III. 神の報復の日の告知

しかし、この預言の三番目の目的を見落とす訳にはいきません。主の恵みの年と共に、「神の報復の日」を告知することも、この預言の目的であるからです。先月12月にはクリスマスがあり、キリストの降誕を祝ったばかりでした。クリスマスは救い主がお生まれになった祝いであり、「主の恵みの年」を告知する祝いそのものです。キリストは人を罪から救うために来てくださったからです。

その同じキリストが、やがて歴史上再び来られる、それが「神の報復の日」であります。  使徒パウロはこの「神の報復の日」について、テサロニケ第二1章8〜10節で、こう告げ知らせているので読んでみましょう。『主イエスは、燃え盛る火の中を来られ、神を知らない者や、私たちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。彼らは、主の御顔から、またその御力の栄光から退けられ、永遠の滅びという裁きを受けるのです。その日、主が来られるとき、主はご自分の聖なる者たちの間で崇められ、信じた者すべての間でほめたたえられます。それは、あなたがたが、私たちの証しを信じたからです。』このイザヤ61章2節で預言される「神の報復の日」は、信じる者には報いの日であり、信じない者には、神の裁きの日、報復の日であります。

私たちは、今日、2023年という新しい年を一歩、踏み出したところです。2023年という西暦は、正式にはラテン語で「アノドミニ」であり、それは「主の年」即ち、イエス・キリストが来られて2023年目の年という意味です。この新しい主の年の先に何が待ち受けているのでしょうか?それは「神の報復の日」なのです。ここに、主の恵みの年である2023年度の新年にあたり、三種類の人々のために勧告するべきメッセージがあります。

①神を知らない人たちへの勧告

主の恵みの年に生きていながら、神を知らない人たちがおられます。神と言っても聖書の言う神、天地万物を創造された唯一の神のことです。神を知らないと言っても、神を知っているのに知ろうとしない人々のことです。何故なら、神はお造りになった全ての被造物によって、神がおられることを、すべての人に啓示しておられるからです。神を認めようと思えば、認められるのです。しかし、認めたく無いので、神ならぬものを神に仕立てて偶像崇拝に堕ちいっているのです。ですから、聖書は、神を知ろうとしない人には、神の前に何も言い訳ができないと言われています。神を知らない人、知ろうとしない人は、神の報復の日にどうなるでしょうか。「主イエスは、燃え盛る火の中を来られ、神を知らないもに罰をお与えになります」人間の生きる究極の目的は神を知ることです。限りある人生、束の間の人生は、すべての人にとって、神を知るための試金石なのです。それゆえに、人は生きている間に、神を知るべきなのです。神は、敢えて神を知ろうとしない者に報復されます。ですから、神を知らない人、認めたく無い人に、思いを変えて、神を知る準備をなされることをお勧めします。

②福音に聞き従わない人たちへの勧告

第二の種類の人は、福音に聞き従わない人たちのことです。福音とはグッドニュース、良きおとづれです。「私たちの主イエスの福音」です。神を知らない人のことではありません。神を知らしめる福音を聞く機会のある人、あった人、しかし、聞いても従わない人たちのことです。主イエスは「聞く耳のある者は聞くが良い」と呼びかけました。聞く耳とは、聞いて従おうとする耳のことです。福音を聞くだけで、聞き従わない人は、何の益もその人にもたらしません。むしろ聞いた神の言葉があなたを裁くことになるのです。意図的に福音に従わない人は、神を知らない人と同様です。神の報復の日に、主イエスが再び来られるときに、罰をお与えになると言われるのです。福音を聞いても従おうとしない人にお勧めします。聞いて従ってください。聖書は、「今は恵みの時、救いの日である」と言います。健全な態度を取ることができるために、生かされている今は、執行猶予期間なのです。

③信じている人たちへの勧告

第三の種類の人とは、主イエスを信じている人たちのことです。信じている人たちへの新年における勧告は、1章11節のパウロの取りなしの祈りに明らかにされていると言えるでしょう。「このことを思って、いつもあなたがたのために祈っています。どうか、私たちの神が、あなたがたを招きにふさわしい者としてくださり、その御力によって、善を望むあらゆる思いと信仰の行いを成就させてくださいますように。」信じている方々への新年の勧告は、言い方を変えれば、新年2023年に何かを期待するのではなく、新年が自分に何を期待しているのかを見定めて、自分の責任を果たすことです。具体的には、日本の国の政府が自分に何をしてくれるのかではなく、日本のために、自分が何をすべきか考えましょう。教会が、牧師が、役員が自分に何をしてくれるかではなく、教会が自分に何を期待しているのか自覚して、自分の責任を果たしてください。家族が、自分の夫が、自分の妻が、父や母が自分に何をしてくれるのかではなく、自分が何をすることを期待されているのか、どんな責任があるのかわきまえ、自分でできること、自分の果たす役割を果たしてください。

神は慈愛に富める全能の神です。今年も神に信頼し神に大いなることを期待しましょう。しかし、神が人間を神に似せて創造されたということは、人間を神の協力者とするためであることを忘れないようにしましょう。神が自分に何をしてくださるのかだけではなく、神が自分に何をすることを期待されておられるのか求め、自分の果たすべき分を果たすようにしましょう。神はあなたのために計画を有しておられ、あなたを用いたいと願っておられるのです。

嘆き悲しむことの大きな原因は、国に期待し、人に期待し、環境に期待するからかもしれません。他人に期待するのではなく、自分の果たすべき責任を果たし、自分の役割を果たすことにしましょう。その時、61章3節の最後の句が、必ず実現するに違いありません。「彼らは義の大木、主が栄光を現すために植えられた者と呼ばれる」この新年は、主の年2023年は、主の恵みの年です。主の喜びの年です。主によって祝福された年です。その意味でめでたい年なのです。主にあってお祝いしましょう。主の恵と祝福が皆様に豊かでありますように。